古河はなももマラソン

田中猛雄著「マラソンはゆっくり走れば3時間を切れる!」を読んだ。いかにも胡散臭いタイトルである。そんなことができるのならばジョガーはみんなサブスリーではないか。風が吹けば桶屋が儲かるのだ。
 
でも、中を読んでみると、著者の主張は違うところにある。
(1) メインとなるポイント練習は、身を削ぐ勢いで死ぬ気で行うこと。
(2) でもそんな練習は毎日はできない
(3) だから、それ以外の日は、ポイント練習で追い込めるようにするための調整に当てるべきである。
(4) この調整には、ジョグより遅い「疲労抜き」で全身に血液を送り込んであげると良い
(5) このサイクルを3ヶ月なり半年続けることで目標を達成できる
 
つまり、毎日、その日にできるいっぱいいっぱいの練習をしても、疲れがたまっていると大して追い込めないのだから、ポイント練習をすると決めた日くらいはぎりぎりまで追い込もう、というのが主旨なのである。この、最も重要な部分は書かないで、(4)(5)だけを抜き出すと、ダイエット本みたいないかにも楽して結果だけ得られるようなタイトルになってしまう。
 
タイトルは別として、この本はとても勉強になった。いつも疲れている状態のため、ポイント練習で追い込めなくても、昨日も走ったからいいか、と自分に言い訳をしてしまうのだ。この本に従うならば、普段は疲労抜きに徹するので、速く走りたいというエネルギーが逆のストレスとしてたまっていく。ポイント練習のときにこのエネルギーを解放してあげればいいのだ。次のポイント練習までの期間も長いので、その日に追い込まないといけないという緊張感もある。
 
そして、連日走っていると、今日はちょっと走りたくないな、という日もある。走って見たけれど、予想以上に息が上がってしまい、1,2キロでやめてしまう日もある。でも疲労抜きのゆっくりしたペースなら、気楽に始められるし、5kmもして体が暖まると不思議なくらい時間が経つのが早く感じられる。
 
そんなことで、1月の東京30Kのあとは、よほど仕事で疲れたりしなければ、ある程度まとまった距離を走れるようになった。2月は、フルマラソンの調整や大雪で走れない日も多かったが、それでも月間320kmを超えた。3月も30km走、40km走をこなすことができた。これでも疲れがたまらなかったのは、やはり疲労抜きの効果があったからなのだろう。
 
ポイント練習もできる限り手を抜かずにやった。水曜日、土曜日、日曜日の3回。水曜が火曜や木曜になることはあったが、週3回のペースは守った。土曜日に頑張りすぎて、日曜は駄目だったということもあったけれど、全体としてならして見ればがんばったと思う。スピード練習は長めの距離を粘るようにして、距離走はなるべく休憩を挟まずにやった。疲労抜きのあとにランジを入れたりして、筋肉に刺激を与えた。
 
3月初めにラン友の腹を見せ合い、いかに自分の腹が出ているか、再認識した。その日からダイエットを開始した。甘いものを断つことで、少しずつ体重は減り、2月の高知龍馬マラソンのときより1kg痩せた。
 
いろいろな外部からの刺激があり、自分の課題を認識し、課題を克服する計画を立てて実行した。万全の体調でレースに臨むことができた。
 
ぎりぎりに会場に着いたので慌ただしく整列する。でもそれほど混雑はしていない。Cブロックの前の方に場所を取る。スタート直後はいつも通りペースがつかめない。4’25”から4’30”を目標にペースを作っていく。最初の1kmは4’19”。ちょっと速めだが、誤差の範囲だろう。特にペースを落とさず進む。次の1kmが4’10”。これは明らかに速すぎる。サブスリーペースだ。呼吸もちょっと苦しい。
 
近くの女子ランナーを探す。女子ランナーの後ろを走るのには理由がある。ペースが安定していて、失速する確率が低いからだ。先日のマラソン完走クラブで、Fコーチに「レースのときは集団走がいいって言うけれど、なかなか自分と同じペースで走る人っていないですよね」と相談したところ、「実は秘訣があるんです。女子ランナーがいる集団の近くを走るといいですよ」と教えてくれた。つまり、僕は女子の尻を追いかけるのが好きでやっているのではなく、合理的な理由があるのだ。リーズナブル。
 
今回、一緒に走らせてもらった女子は、赤のランパン、ランシャツ。いかにもエリートという容貌だ。背中には埼玉・おごせと書いてある。文字の上には目のような形をした模様が描かれている。おしゃれな感じは一切なく、走ることだけが目的、というメッセージ性が感じられる。同じランシャツを何人か見つけたので、チームで参加しているのだろう。シューズはピンクのアディダス。背が高いわけではなく、かと言って低いわけでもない。すらりと細いわけでないが、もちろん太いわけでもない(まあ、サブスリーペースで太っている人はものすごく珍しいわけだが)。なんというか、後ろから見たときの特徴的なものがウェアとシューズしかないのである。
 
この人の後ろを走ると非常に落ち着く。気持ちだけでなく、ペースもぐっと落ち着いた。次からのラップが4’14”、4’15”、4’16”。目標ペースからするとずいぶんと速いけれど、スムーズに走れてペースが心地よい。5kmの通過が21’14”。ぴったりサブスリーペースになった。速いけれどきつくはない。5kmで最初の折り返し。尊敬する女子ランナーCさんとすれ違う。レース前は、「僕はイーブンペースで後ろから行きます」と宣言していただけに、嘘つきと思われたかもしれない。
 
サブスリーペースは、狙ったわけではなく、結果的になっちゃっただけなので、意識的に落とすこともできた。そして、この5km地点はペースを落とすには理想的な場所だった。でも落とすことができなかった。このままこの人の後ろを走りたい、と思ってしまった。この選択は、ある意味正しく、ある意味間違っていた。知らなかった世界を見るきっかけになり、同時に失速の原因になった。
 
6kmを過ぎて、最初の給水。普通、給水は3,4km置きにあるのが普通だが、古河はなももマラソンは5km置き、全部で8カ所しかない。ある意味過酷だ。手前側で取ったらただの水で、奥にスポーツドリンクがあるというので、そっちでも飲んだ。ここで手間取っている間におごせの女性はずっと前に行ってしまった。離されないようにペースを上げていく。そのうちに、視界に入る女子ランナーが二人になる。「おごせ」が少しずつビルドアップしていくので、もう一人の、緑のTシャツの女子ランナーは失速しているように感じられる。ここでも、僕には選択肢があった。ペースを落としてもう一人の方についていく作戦だ。ここでも、僕は「おごせ」を選択した。
 
おごせの後ろをくっついて走っていると、僕の両脇のおじさんランナーが知り合い同士だったらしく何やら会話している。おごせを指差しながら、「サブスリー出したかったら、この人についていくといいよ。大田原でもすごかったから」なんて話している。しかし本人のことは知らないようだ。そんなこと話してたら聞こえちゃうからやめた方がいいのに、と思ったが、無視して進んだ。
 
ペースは4’11”〜12”に上がっている。5km-10kmのラップは21分ちょうど。サブスリーペースよりもさらに速くなってしまった。10kmを過ぎて、きつくはないのだが、「おごせ」さんはビルドアップしているということに気づいた。ついていくと、どんどん速くなってしまう。10km地点の給水はロスが少なくなるように奥の方のテーブルで取ったところ、おごせを抜いて前に出てしまった。でもすぐに追いつかれた。ここで僕はついていくのをやめた。オレンジのシャツの小柄な女子を抜いた。
 
周りにはずいぶんたくさんのランナーがいることに気づいた。かなりの大集団である。みな、しっかりとした足取りで、ペースを崩さずに走っている。この中で走るのも快適だ。前後左右に、サブスリーという同じ目標を持った仲間がいる。サブスリーを狙っていないのは僕くらいかもしれない。
 
ずっと同じTシャツが前に見える。ガンバレーという半角カナ文字の下にアスキーアートが書いてあるTシャツ。牛久ランニングクラブのTシャツ。顔が見えなくても、ずっと一緒にに走っているとある種の親しみが感じられる。お互いが風除けになって風の影響を最小限に抑えることができる。この、サブスリークラブの中でリラックスして走った。10-15kmは21'02"。ペースも安定している。見通しが良くなったところで前を見ると、おごせは30mばかり前を行っていた。やはりビルドアップしている。
 
15kmの給水をうっかり取り忘れた。集団の中央で黙々と走っているといつの間にか最初のテーブルを通り過ぎてしまった。慌てて左側に寄ろうとしたけれど、給水のテーブルは全部で3つしかなく、集団の外側に出たときには最後のテーブルを通過した後だった。給水ができなかったことが分かると無性に喉が渇くような感覚に襲われた。18km地点でアミノバイタルゼリーを1本飲む。
 
薄暗い林の中を抜けていく。周りを見渡すと見覚えのあるTシャツがいくつも見える。集団の構成はほとんど変わっていないようだ。暗い道を走るのはあまり好きではないが、集団に守られて走っていると、むしろ集中力が高まるように感じられる。20kmを通過。ハーフで自己ベストを出した足立フレンドリーマラソンの20km通過よりも速い。今回はまだ余力がある(フルマラソンなので当然と言えば当然だけど)。ここからスパートすれば良いハーフの記録が出そうだ。
 
ハーフを 1:29’03”で通過。ハーフの自己ベストから10秒しか遅れていない。このままゴールしちゃったらどうしよう、なんて無謀なことも頭をよぎる。22kmで3回目くらいの折り返し。ラップは4’17”とまだサブスリペースを維持しているが、気持ちは弱気になってくる。これは絶対に持たない。すれ違うCさんに、「ペース間違っちゃいました」というようなことを叫ぶ。
 
大通りに戻り、広々としたコースを走る。集団から少しずつ離されていく。僕のことを抜いて、集団に食らいつこうとする人もいるし、逆に集団から大きく遅れ、こぼれてくるランナーもいる。26km辺りで再び交差点に戻ってきて、次は南に向かう。向かい風になり、いよいよペースが落ち始める。小柄な女子に抜かれる。一度は抜いたオレンジのシャツの女性だ。しばらくはついていく。しかし給水で痙攣の薬を飲んでいる間に大きく離され、以後追いつくことはできなかった。
 
当初の予定ペースの4’30”よりも遅くなるが、そこで踏みとどまり、なんとか4’30”ちょっとのペースを維持しながら30kmの折り返しまで進む。折り返しを過ぎると追い風になるのでペースが上がると思ったのだが、全然上がらず、4’40”台に落ちていく。つま先が痙攣を始める。僕の場合、左足の人差し指から薬指が親指側に寄っていって、窮屈な形状になってしまう。先の細い革靴に無理やり足を通したように。ぎりぎりと足が締め付けられる。痙攣の薬の最後の1本を飲む。じりじりと日差しが首筋を差す。一緒に参加していたKさんに声をかけてもらう。返事をするけど、あまり元気な声は出なかった気がする。
 
35kmを通過する。2:31’45”。残りをキロ5分で進むと3:08’15"になるが、まだラップは4’40”台で来ている。あと75秒縮めれば3時間6分台が狙える。あと7キロあるので4’50"ペースで行けばいい。あとたった7回分のラップしかない、と言い聞かせる。38キロまではだいたいキロ4’50”を守ることができた。あと46秒縮めないと、と思って走る。しかし、ここまでだった。次からのラップは5分を超えてしまう。
 
40km地点を通過してコーナーを曲がる。曲がった瞬間、右足のハムストリングが激しく痙攣した。走るのは不可能だ。コース脇に寄って、ゆっくりとストレッチをする。ここで焦ると何度も再発してもっと苦しむことになるし、ひどい場合には怪我に直結する。1分ほど腿の裏を伸ばして、ゆっくりと走り出す。再発が怖いのでペースは上げられない、というかもうペースを上げる力が残っていない。
 
周りのランナーに抜かれながら、公園の敷地内を抜けていく。ピンクのウインドブレーカーを着た、役割を終えたボランティアが並んで応援してくれる。それでもどうしてもペースを上げることができない。トラックに入る。僕のイメージトレーニングでは、苦しくても元気いっぱいでトラックに入り、死ぬ気でラストスパートして何人かを抜いてゴールする、そういう青写真を描いていた。きつくても最後の200mくらいはキロ4分を切って走りたいと思っていた。
 
でも現実は全く違った。トラックに入ると、後ろから来たランナーの応援部隊が、「まだ抜けるよ」と声をかけている。僕だって抜かれたくない気持ちはあるのだが、その力が残っていないのだ。トラックの前半で3、4人に抜かれる。残り100mになって後ろを見ると、次のランナーは10mくらい離れている。もうこれ以上抜かれてはならない、ここからは頑張ろう、と思い、ペースを上げる。有森さんが奇声を上げている。有森さんに向かって走る。異常なほどのハイテンションの有森さんも、僕がまっすぐに突進してくるのを見て、一瞬たじろいだ。最後にハイタッチして、ゴールを駆け抜けた。
 
トラックを逆向きに歩きながら、Cさんを探す。目標タイムを達成できたことに涙があふれる。と、Cさんが前方から走ってくる。あとちょっと、と声をかけながら同じ方向に走り始めようとした瞬間、右足のふくらはぎが痙攣した。全く動けない。手を挙げて近くにいる人に助けを求める。とても慣れた手つきで素早く伸ばしてくれる。なんとか動けるようになる。お礼を言う。
 
メダルと完走証をもらい、すでにゴールしているCさんと話をする。30km以降は大体同じタイムですね、と笑う(実際には僕の方が大きく失速していた)。「でも私は25kmからビルドダウンしちゃったんです」とのこと。
 
体育館に戻り、サプリメントを食べながら回復を待つ。痙攣までは起きなかったが、筋肉は異様な形に盛り上がり、しかも僕の意志とは無関係に動いていた。まるでエイリアンの映画のようだ。エイリアンの子供が生まれてくるのではないかと、自分でも不気味だった。さっきのようにとっさに力を入れれば確実に悲鳴を上げるだろう。
 
30分はじっとしていた。本当に動けなかった。でもそれくらいでようやく普通に動けるようになり、Kさんを迎えに外に出た。陸上競技場のスタンドに上がってゴールするランナーの流れをじっと見ていた。上から見ていると単に人が順番に走ってくるようにしか見えないが、全員がフルマラソンを完走していることを考えると、一人一人にドラマがあるんだなあと感じる。くたびれている人もいれば、意外なほど元気なランナーもいる。年配の人は元気であることが多いようだ。
 
Kさんが40kmを通過したので、スタンドを降りてトラックの入り口で待つ。最後にペースアップしたのか、思ったより早くトラックに戻ってきた。横に並んで走ろうとしたけれど、ついていけないので、ゴール地点に先回り。一緒にバスに乗り、湘南新宿ラインでお互いの完走を祝福して乾杯。二人とも、2週連続のフルマラソン。次も頑張りましょうと健闘を誓う。
 
今回、入念にいろいろと調査をしてレースに臨んだつもりだったけれど、給水が少ないというのは全く意識していなかった。これまで出たレースはだいたい2、3キロ置きに給水があることが多く、今回も心配していなかった。5kmの給水の次が10km地点だったので5キロ置きにしかないということはうすうす感じてはいた。にも関わらず15キロ地点の給水を取り忘れ、大げさな言い方をすれば狼狽した。そして、15キロを過ぎると、給水は6キロ間隔になった。
 
4’19” 4’10” 4’14” 4’15” 4’16” (5km 21’14”)
4’12” 4’16” 4’10” 4’11” 4’11” (10km 42’14” 21’00”)
4’13” 4’09” 4’13” 4’15” 4’12” (15km 1:03’16” 21’02”)
4’12” 4’17” 4’17” 4’11” 4’12” (20km 1:24’25” 21’09”)
4’14” 4’17” 4’17” 4’18” 4’18” (25km 1:45’49” 21’24”)
4’22” 4’31” 4’33” 4’34” 4’32” (30km 2:08’22” 22’33”)
4’37” 4’31” 4’43” 4’47” 4’45” (35km 2:31’45” 23’23”)
4’48” 4’51” 4’52” 5’05” 5’12” (40km 2:56’32” 24’47”)
5’57” 6’18” (42.195km 3:08’47” 12’15")