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湘南国際マラソン

波乱の幕開けだった、らしい。コース上に止まっていた車の中から男性の遺体が見つかり、警察が通行止にしてしまった。ハーフマラソン、10kmのランナーが足止めを食らい、レース不成立、表彰式も中止という事態になった。我々フルマラソン参加者もそのあおりを受けて、スタート時間が5分遅れ、その間はるな愛さんと德光和夫さんが何事もなかったように場を繋いでいた。コースで整列していると放送はよく聞き取れないので、なぜ遅れたのかは分からなかった。しかし、5分遅れただけでレースがとり行われたことは幸運だった。
 
昨年のこのレースは途中棄権、それもわずか13km地点までしか走ることができなかった。そもそもが相性の悪いレースで、6回走って3時間半を切れたのは2回しかない。西湘バイパスの上り坂に恐怖心を抱いている。
 
昨年と言えば、ギリギリに会場入りしたためトイレに行くこともできなかった。例年、駅から会場までのシャトルバスが長蛇の列となるため、思った以上に時間がかかってしまうのだ。シャトルバスの到着場所である大磯プリンスホテルから会場までが遠いのも問題である。自宅から最寄り駅までバスの始発に乗っていくと、同じ轍を踏むことになる。
 
今年は最寄り駅までのバスを諦め、綱島駅まで27分の道のりを歩くことにした。それでもつくばマラソンの時の36分に比べれば大分短い。7時前には会場に入り、すでに混んでいた休憩所にわずかな場所を確保し、そこにレジャーシートを敷いて横になった。人一人寝れるかどうかのスペースで、まるで遺体置場に並べられているような気分になった。早朝から起きていることもあり、横になっているとすぐに眠りが訪れた。短い睡眠の後、じっくりとストレッチをして、Bブロックに整列をする。
 
この整列中に上記の事件が発生していたということである。5分とはいえ、予定よりも長く並んでいるといらいらするが、もしハーフマラソンが先にスタートしていなければ、我々がレース不成立の憂き目に会っていたかもしれない。近くにはどこかのランニングクラブの集団が興奮してはしゃいでいる。かなり良い歳をしているが、浮き足立つと周りが見えなくなるらしい。後ろも見ずに、後ろの人と話をするためにバックしてきて、足を踏まれてしまった。その環境で理由も分からず5分待つのは、長く感じた。
 
体調は良いと思った。レース前1週間のトレーニングメニューはつくばマラソンの時とほぼ同じにした。月曜日にインターバル1000mを8本。水曜日にトレッドミルでビルドアップ走。金曜日に1000mのタイムトライアル。つくば前と比較することで調子を判断できると思った。その結果、月水金、すべての練習でつくばマラソン前の練習より好結果だった。それで体調は良いと判断した。
 
湘南国際マラソンのコースは、前半に西湘バイパス出口付近で下り、後半に同じ場所を上る。従って、前半を気持ちよく走れてしまうコースになっている。前半に予想以上にスピードが乗ってしまうことを考慮して、20km地点までをキロ4’35”で抑える。そこからギアチェンジして4’30”にすることを考えた。前半抑えた分を後半で取り返す作戦である。コースの特性を考えると、あまり大きなギアチェンジはできないだろう。トータルで3時間11分台で走れる計算だ。
 
スタートして最初の1kmは4’54”。若干渋滞したとはいえ予想外に遅い。その後、少しずつペースを上げていくが、思ったようにスピードが乗らない。乗りすぎてしまうことを心配していたのに、押してもスピードが乗らないのは問題である。4’40"くらいまで上げると、下り坂でも息がしんどい。つくばマラソントップギアに入れた後くらい辛い。おまけに足が痛い。右足の足首から下が言うことを聞かず、つま先が外側を向いてしまう。痙攣の兆候のような状態である。
 
先は長いのにこれだけきついと、昨年と同じ途中棄権の文字がちらつく。5km地点で記録を諦めて、完走を目指すことにした。完走を目指すとして、どれくらいのタイムになるだろう。4時間は切れるような気がする。後半の失速を考えると3時間半は難しいかもしれない。
 
次に言い訳を考え始めた。好きで走っているので、誰に言い訳をする必要もないのだが、職業的に言い訳を考えるのが癖になっているのかもしれない。まず考えたのはつくばマラソンからの間隔が短すぎたことだ。中2週間では見えない疲れが残るのかもしれない。練習のしすぎも考えた。レースの前の週は、e-Athleteの練習会(ビルドアップ20km)と月例川崎マラソン(5km + 10km)に行っていた。ちょっとやりすぎだっただろうか。レースの始まる前に会場で寝てしまったせいで交感神経の働きが鈍ったのだろうか。考えても結論は出ない。
 
7km地点を通過する。ペースを落としたつもりだったけれど、それほど顕著には落ちていないようだ。後ろから、黒いウェア、黒いシューズに身を包んだ女子ランナーがじわじわと追い抜いていく。一気に抜かれたらついていけなかっただろうけれど、それほどスピードがあった訳ではないので、一か八か後ろについて走ることにした。若干きついけれど、ただただこの女子ランナーのお尻と足だけを見て走るのだから気持ちは楽になった。ペースは極めて安定していて、4’40"よりちょっと速いくらいだった。筋肉が盛り上がるようなすらりとした脚ではなかったけれど、いかにも健康で若々しい脚に見えた。ストライドは女性にしては大きく、ついていくのに都合が良い。
 
8km地点の標識が、最初9kmに見えてしまい落胆する。好調なときは10kmの通過が早く感じるものだが、今回はそう感じることはなかった。調子はやはり悪いのだろう。まだ序盤なのにトイレに行きたい。
 
景色を見たり、他のランナーのことを観察するのをやめて、女子ランナーのお尻に意識を集中した。レースのことを考えることを放棄した。
 
沿道の応援で55というタオルを掲げている人がいた。ゴーゴー、という意味かもしれないし、巨人からヤンキースに移籍した松井選手と関係があるのかもしれない。松井選手は、日本ではホームランバッターの名声を欲しいままにしていたが、メジャーリーグでは中距離ヒッター、特にチャンスに強いバッターとして成功した。おそらく、日本のプロ野球のときと同じようにホームランバッターを目指していたら、失敗していただろう。メジャーリーグでは短い期間で結果を出すことが求められるので、移籍して1年間、結果を出せなければ、ヤンキースでは獲得失敗の烙印を押されてしまうのだ。だからこそ、ホームランバッターの大成功ではなくても、松井選手は中距離ヒッターとして最低限の結果を出すことを選んだ。そして、メジャーリーグで短期間で適応できたことが、彼の長い成功につながったのだろう。そして、チャンスに強いクラッチヒッターというのは、ヤンキースという強打者が揃った球団では、松井選手にとってはチャンスだったはずだ。周りに強打者がたくさんいると、当然マークは甘くなるし、チャンスでも相手投手が勝負してくれるというメリットがある。そこに松井選手自身のチャンスを見出したことは、合理性があるのだ。
 
女子ランナーの後ろについて、マラソンと関係のない松井選手のことを考えながら走る。13km地点を通過する。去年棄権した場所だ。無事通過できて、一安心する。
 
対向車線をトップランナーが走ってくる。黒人の選手が先頭集団を引っ張っている。ワイナイナ?まさか。だんだんと感覚的には1kmが早く訪れるような気分になる。ペースを上げたくなるが、じっと我慢する。
 
18.5km地点で折り返しを慎重に通過する。富士山が雄大な姿を見せる。横浜から見るときより明らかに大きい。山頂まで雲一つない。山麓まで降り積もった雪が、大きさを誇張している。
 
20.5kmでは東北復興の給食で東北ゆかりのお菓子が提供される。ひとくち南部煎餅、福島長久保のしそ巻き(漬物)、伊達絵巻(小型バウムクーヘンの中にクリームを入れたもの)が出されていた。それも、同じエイドに3つ並べて置かれていた。エイドの幅は1mもないので、よほど事前から知っていなければ食べることは難しいだろう。
 
エイドに立ち寄って、それぞれ一つずつ取る。伊達絵巻としそ巻きをを同時に口に入れ、南部煎餅を手に持って走った。甘さとしょっぱさが同時にやってくる。正しい味わい方ではないかもしれないが、伊達絵巻のふわっとした食感と、しそ巻きのコリコリとした食感のコントラストがお互いを引き立てていた。主催者が意図したものかは知らない。南部煎餅は、水分が足りず飲み込むのに時間がかかった。チョコレートと並んで、給食には不向きな食べ物だ。なぜ1箇所に全部おく必要があるのかと疑問に思うが、とりあえず全種類全て味わうことができた。
 
20kmを過ぎる頃には、体が軽くなってきた。体に力がみなぎってくる。ストレス診断テストのチェック項目みたいだ。体に力がみなぎってくる。しかし、錯覚、幻想、勘違いということも多い。数少ない個人的経験から述べさせていただくと、ランナーの感覚はほとんどこの3つに支配されていると言ってもいい。ペースメイカーにさせていただいた女子ランナーに別れを告げ、ペースを上げる。失敗して辛い思いをしたくないので、感覚的にきつくないペースを維持する。
 
30kmまで、ほぼ4分半をキープすることができた。つくばマラソンのときは、このペースで走れたのは29km地点までだったので、より長くペースを維持できていることになる。31km地点で、攣ったわけではないが芍薬甘草湯を飲む。予防的措置。ペースはさらに上がり4分台の前半が続く。3時間15分で走るためのペースを計算する。4分42秒まで大丈夫。
 
33kmから上り坂。西湘バイパスに入る。上り坂は約2km続く。ペースは4’45”〜4’50”まで落ちる。35kmを通過。上りきって再度ペースを上げる。呼吸は苦しいが残り7kmならばスタミナは保ちそうな予感がある。
 
36kmの標識を見逃し、37kmの標識を通過。2km合計で10分台後半。ペースが上がってると思ったのは錯覚だった。次の標識は、高速道路の距離表示から想像するに600mくらいでやってきた。ラップは3’07”。湘南国際マラソンの距離表示は以前から怪しげだったけれど、ここまでずれてるのか。
 
一度大磯プリンスホテルを通過して二宮方面に抜ける。残り4kmを19分で走れば、3時間15分を切れる可能性が出てきた。40kmの前に3つ目の芍薬甘草湯を飲む。流し込むための水もないので、苦いが時間をかけてゆっくりと胃に送り込む。にもかかわらず、41kmを過ぎるとふくらはぎが痙攣。つくばでは3つしか持たなかったが、今回は4個の芍薬甘草湯を持ってきた。それも飲むが、もはや効き目はないみたいで断続的に痙攣してしまう。ただ、走れなくなるほどではなく、その都度ペースを落としながら堪える。ラストスパートしたくても、体はついてこない。もどかしいままゴール。3時間13分40秒。
 
前半の5kmで記録を諦めた割には、つくばマラソンのときより2分タイムを縮めることができた。特に20kmから先は予定通りのほぼ4分半ペースで走ることができた。ラスト2.195kmで10分を切ったのはたぶん初めてだと思う。結果だけを見れば理想的なネガティブスプリットでまとめることができたという意味では、会心の走りだった。前半は勝負を捨てて、後半をハーフマラソンと思って勝負する、というのもアリなのかもしれない。
 
4’54” 4’51” 4’45” 4’41” 9’23"
4’48” 4’38” 4’39” 4’38” (10km 47’15”)
4’31” 4’44” 4’46” 4’59” 4’07” (15km 1:10’23” 23’08”)
4’43” 9’06” 4’26” 4’50” (20km 1:33’28” 23’05”)
4’32” 4’17” 4’49” 4’31” 9’07” 
4’31” 4’32” 4’18” 4’29”  (30km 2:18’35” 45’07”)
4’23” 4’24” 4’20” 4’47” 4’48” (35km 2:41’16” 22’41”)
10’36” 3’07” 4’37” 4’23” (40km 3:’03’59” 22’43”)
4’09” 5’35” (42.195km 3:13’44” 9’44”)